RDシステムズジャパンは、その起業ルーツを1996年の米国西海岸(サンフランシスコベイエリア)に持っています。弊社創業者である平原憲道が大学4年生のときでした。そこから現在までの主要な出来事を記しています。

1996年

平原がカリフォルニア大学バークレー校4年時の夏休みから親友Brian David Hardyと共に起業活動(のようなもの)を開始。とりとめのないアイデアを深夜まで語り合う~相棒の午前3時になされるドアノックと「Nori、いいアイデアが出た!」は恒例行事~。(当時のチーム名は「The Pacific Shore」(チーム太平洋岸)というもの。)

1997年在学中はHardyが行なっていた大学院向けプロジェクト管理システム構築などを補佐。大学卒業後は、地元自治体へのITコンサルティングや米銀でのデータベース構築業務などを、他のパートナーと共に行なう。戸惑いながらも楽しいOJT(思い出深いのは、「roommate matcing system」の売り込みのため、カリフォルニア州のほぼ全ての大学の学生寮部門に営業電話をかけたこと…皆さんとても親切でした…と、市行政部門の人々の優秀さ)。(当時のチーム名は「Marketect」(Market+Architect)であった。)

1998年世界同時多発起業」を合言葉に平原が帰国。有限会社RDシステムズジャパンを大阪に創業し、代表取締役/CEOに就任する。もちろんRDSIアメリカ本社とは密な提携関係を継続した(2年に1度は渡米して戦略会議に参加)。

 8月に京都大学VBL(2012年4月で事業終了)の協力のもと、「患者志向型病院の意思決定支援システム」の研究と開発(ここにMarketect時代の工学技術を投入した)を、医療経済学専攻の大学院生、小野直哉氏と共に行なう(2000年2月まで1.5年間)。医療界との関係はここから始まる。マーケティング調査系の業務もここから開始。

 大阪の(協)共進情報の委託でニーズ調査や報告レポート作成プロジェクトを行なう。中小製造業企業や社会保険労務士・行政書士・税理士事務所との関係はここから始まり、多くの組織IT化プロジェクトを請け負う。日本の中小企業が抱える問題を学び始める。

1999年米国東海岸の調査会社や大阪の経営コンサルティング会社などから医療系の調査案件を受注する。関西圏の中小コンサルティング会社との関係はここから始まる。

 関西(主に大阪)を中心に中小ネット企業への企画業務など情報収集やマーケティング系のアドバイザリー業務を行なう。

2000年関西の経営コンサルティング会社との中小企業向け経営・組織戦略やコンサルティング案件を定期的に受注するようになる。

 新製品のプレゼン資料翻訳などビジネス系および大学教授の英語論文添削など学術系の翻訳業務をスポットで受けることが多くなり、いくつかの国際事業が始まる。

2001年共同創業者で事業パートナーでもあるBrianが兄弟会社RDSI(現EDG: Efficient Decisions Group)を米国カリフォルニア州で法人化する(それまでは個人事業主)。

 平原が「医療と関係性マーケティング」に関する共著(「みんなの『こんな病院あったらいいな』が実現する本」日総研出版)を出版。この頃から本格的に医療系マーケティング戦略に携わるようになり、医学系研究者とのネットワークが拡がる。

 医療・健康系のウェブサイト構築案件が急増し、本格的にウェブシステム事業が始まる。手がけたサイトのほぼ全てが主要メディアに取り上げられ、サイト構築とマーケティング戦略との関係に注目し始める。

2002年3月の岡山での講演を皮切りに、医療マーケティング関連のセミナーが全国各地で招致開催される。医療機関のマーケティング戦略とネットを通じた効果的な情報提供のテーマを模索し始める。

2003年

2004年
「月間ナースマネジャー(日総研出版)」での平原による連載「看護師長の組織改革スキル」が始まる(その後2年間連載)。他、医療系専門誌への単発の執筆依頼も増加する。

この頃から、それまで国内では雑多であった事業モデルが明確になり、現在の主要2事業部+αが確立される。東京/首都圏の顧客からの案件が増加し、代表はその後2年の東京・大阪二重生活を維持することになる。(副効用?として、夜行バス事情に非常に詳しくなる)。

2005年
首都圏での案件の増加(特に医療系のもの)に伴い、大阪本社を維持しながら関東オフィスを神奈川県川崎市に開設(余談ですが、平原が尊敬するUC Berkeleyの大先輩である沼田惠範さんが創業された株式会社ミツトヨがすぐそばにあることを後日に発見)。

以降は、およそ四半期に一度の京阪神エリアへの出張を挟みながら、首都圏を中心に業務を継続中。(ちなみに、今ではさすがに夜行バスは使わず新幹線か飛行機で往復しています。)
 
2013年
起業15周年!ここ数年の海外、特に東南アジア諸国との新しく有意義な関係を通して、今後は「アジア圏」または(米国も含めた)「環太平洋圏」で広くニーズを拾って活躍したいという思いが強くなる。それを受けて、15周年記念事業の1つとして、日本を越えアジアを向いた会社ドメインへの変更を行う。それが「rdsystems.asia」(RDSystems, Asia)。会社機能は日本に据え置くため、登記名はRDシステムズ「ジャパン」のままだが、意識は「Asia」です。