ビジネスにおける「信頼」の日米の差異~日本は実は信頼社会ではない?
少し専門的な記事かもしれませんね、製薬業界ベンチャーのランドスケープについてのお話なので。この記事でVCパートナーとして登場する安西さんは、その昔に私が慶應義塾の教員として殿町のウェルビーイングキャンパスにいた際に、少々お付き合いのあった人なのです。ビジネスにおける「信頼」について、日米間の差異が見えるので参考になるかなと思い共有します。
そもそも、日本人が好んで使う「信頼」という言葉は、既にそこ(コミュニティー内部)にあって、「ゆめゆめ崩してはいけないぞ」という、どちらかと言うと「守備的」「消極的」なイメージですが、米国では大きく異なります。恐らく、欧州一般で見ても、経験上とても米国よりなのではないかなと考えます。
例えばアメリカにおいては、信頼は「築き上げていくもの」という積極的なイメージで語られることが多く、じっとしていても、最初から一定量が「デフォ」として個人に付与される(「だってコミュニティの一員なのだから!」)という感覚は、あまり強くない気がします。もちろんゼロではありませんけど。
一緒に何かをする~例えば、まさにビジネス活動とか研究活動とか、或いはもっとパーソナルな活動とか~ことを通じて、「信頼ができる」という感じ。もっと言うと、「一緒にリスクを取ったよね」という感覚が必須な気がしますね。たとえると、「戦友」というイメージで育まれるのが、アメリカにおいては、信頼となります。「同じ村出身」というだけで付与される信頼は極めて限定的でしょう。
「日本は『信頼』社会」だという思い込みを持っている日本人はたくさんいると思いますが、さにあらず。それを社会心理学的(と行動経済学的)な観点から研究し見事に説明したのが、北大に長く居られた故山岸俊男博士です。彼は「信頼」と「安心」とを分けて社会実験の結果を巧く説明しました。
そして、「安心」の重視がリスクをとりにくく、イノベーションを起きにくくし、結果として変化の時代にサバイバルできにくいという問題点を指摘。発表資料がこちらで読めますね:(https://www.nii.ac.jp/userimg/openhouse/2010/keynoteyamagishi.pdf)分かりやすい切り口で書籍も多く書かれていますが、新書のこれ(Amazon)が読みやすいかな。ご興味あればどうぞ。